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2022.03.01

インタビュー | 上柿 琢×荻野 靖洋

“個”のアイデンティティとの共創―「NUANCE LAB.」が切り開くビューティー・コスメの新時代

tricle.llc (トリクル合同会社), Konel inc.

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誰もがコスメ・プロデューサーになれる時代へ―。2021年、コスメ業界に全く新しいマーケット・コンセプトを打ち出した新たなブランド、「NUANCE LAB.(ニュアンス・ラボ)」が登場した。大量生産が主流の同業界において、「期間」と「コスト」を大幅に省略した完全オンラインにより完結する受注生産方式の生産・販売を提案するこのブランド。セールスの鍵を握るのは、SNS時代の寵児・インフルエンサーたちだという。今回は、同ブランドの発起人であるtricle(トリクル)代表・上柿琢(うえがき・たく)氏と、開発に携わったKonel(コネル)のテクニカルディレクター・荻野靖洋(おぎの・やすひろ)氏にNUANCE LAB. の新たな可能性とコスメの未来について伺った。

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image5 tricle代表・上柿琢氏(左)と、Konelのテクニカルディレクター・荻野靖洋氏(右)

新しい時代のコスメマーケット「NUANCE LAB.」 とは?

—まずはNUANCE LAB. の開発の背景についてお伺いしたいのですが、ローンチのきっかけや経緯について教えてください。

上柿

はい、私たちtricleはプロモーションやコンテンツクリエイティブを生業としている会社です。日々の業務は受託事業が多いのですが、その中で自分たちが主導となって進められるクリエイティブな事業をローンチしたいという声が社内でも挙がり、オリジナルサービスの運用について考え始めたのがきっかけです。

ー商材として「コスメ」という分野に着目したのはどういった理由からでしょうか。

上柿

前々から僕はエナジードリンクを好んで飲んでいて、「肌が飲むエナジードリンク」みたいなコンセプトのものを作れないかと漠然と考えていました。コスメ業界について色々とリサーチしたのですが、化粧品というものは企画から開発、世に出るまでに時間が非常にかかり、イニシャルコスト(初期投資費用)もかなりかかるというコスメ業界のメインストリームにおける現状がわかりました。通常は企画からリリースまで大体半年くらいかかり、そうするとせっかく考えたコンセプトが旬のうちに世の中に出せず、その間に類似商品が出てきてしまうなどのケースもあるようでした。

それに、開発も基本的に対面で行われている場合が多く属人的で、あまりデジタル化されてない。そうした業界の現状を知った時に、個人がコスメプロデューサーとなりオンラインでスピーディに販売できるプラットフォームを作ってはみてはどうかというアイデアが生まれました。

また、SNSが普及して以来、いわゆる「インフルエンサー」と呼ばれる方々がオルタナティブにブランドをプロデュースするという潮流ができていて、それはコスメの分野においても相性がいいのではないかという仮説の元でプロジェクトはスタートしました。

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完全オンラインにより覆る、「期間」と「コスト」のスタンダード

ーNUANCE LAB. は類を見ないオンラインのマーケットのシステムを構築しているようですが、具体的に利用システムについて教えてください。

上柿

NUANCE LAB. は企画・開発・販売の全てをオンライン化することで、コスメの「開発期間の短縮」「 イニシャルコストの圧縮」 を実現したサービスです。通常半年程度はかかるといわれている従来のコスメ開発を、約1ヶ月半で行うことができ、受注生産方式をとっているため「プロデューサー」という立場で商品を販売するインフルエンサーにかかる初期費用の負担をゼロにしています。現状は、NUANCE LAB.のプロデューサー審査に通ったインフルエンサーの方がサービス利用可能となっており、製作から販売までをNUANCE LAB.と併走しながら行っていきます。

荻野

NUANCE LAB. では販売までの全てのプロセスを完全オンラインで行える点が何より特徴ですよね。NUANCE LAB. と契約を結んだインフルエンサーさんは専用サイトで成分配合・価格設定・デザインを自らで選択しカスタマイズします。試作品として完成した化粧品は、まず900円程度でサンプルとして自身で受け取ることができ、手元で現物を見ながら修正をかけていくことも可能です。

ー商品が完成した後の、配送や在庫管理はどのように行うのでしょうか。

上柿

商品が完成したら、専用ECサイトで受注販売を開始します。生産・配送までNUANCE LAB. が対応するので、インフルエンサーさんへの販売管理などの作業負担は一切不要です。プロデューサーは、製作した商品をNUANCE LAB. 受注生産用のECサイトを利用し、自身のフォロワーやファンに向けて商品の告知や販売を行い、その販売数に応じた利益をお支払いする。NUANCE LAB. は、インフルエンサーの方に、「プロデュース環境」 を提供するD2C支援プラットフォームといえます。

image13 SKIN BOOSTERのサンプルイメージ。インフルエンサーは成分とデザインをNUANCE LAB.の中で自由にカスタマイズしていく。

ー商品を購入したいフォロワーの方はどのようにアクセスすることができるのでしょうか?

荻野

商品を購入するユーザーの方にもNUANCE LAB. 専用のショップページから入っていただいて購入していただきます。この販売画面はShopifyとシームレスに連携しているので、ユーザーも簡易に購入ページまでアクセスでき、売る側も在庫管理やオペレーションを簡単に行うことができるシステムとなっています。

世界観をブランディングするためのクリエイティブ・システム

ーインフルエンサー個人が、オンライン上で商品をブランディングしていける部分が大きな特徴の一つかと思いますが、どのように企画・開発・デザインを行っていくのでしょうか?

上柿

まずインフルエンサーは、自身でプロデュースしたい商品の成分配合を行っていきます。今後ラインナップを増やしていく予定ですが、現在はSKIN BOOSTER(スキンブースター)がメイン商品となっており、その成分配合は、「主成分」や「香料」を選択する4段階の配合と「Standard」「Vegan」という2種類のタイプを掛け合わせることで約2万通りのレシピを作成することが可能です。

image11 NUANCE LAB. の成分配合画面

ー「2万通りの成分配合」と聞くと専門知識を持っていないとプロデュースは難しそうにも感じます。

上柿

この成分配合からパッケージデザインのプロセスを、初見の専門知識のないインフルエンサーでも感覚的にスピーディに使えるUI・UXに設計できている点が、NUANCE LAB. の魅力のひとつであり、荻野さんをはじめとした開発チームの方に尽力いただいた点ですね。やはり、ビジュアルに高いセンスを持つインフルエンサーの方々にも刺さるシステムとデザインでないと継続的には使っていただけないので、そういったクリエイティブの部分はチームでかなり議論と実験を繰り返しながら作り上げました。

ー統一された世界観のパッケージのグラフィックの美しさも魅力の一つですが、そういったビジュアル面のデザインはどのように作っていくのでしょうか?

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荻野

プロデュースするインフルエンサーが好きな写真をUPすると、自動でトーンが加工される「NUANCE フィルター」というシステムを作りました。グラフィックの上にブランド名を文字で入れることが可能です。このシステム全体のデザインというより、化粧品パッケージのデザインや文字数などのレギュレーションにはかなり頭を悩ませました。

何もないまっさらな状態からデザインできる自由度が高いフォームを用意したとしても、インフルエンサーさんにそれを個人で使いこなしてもらうのは負荷がかかります。かといって、好きな画像を入れてそれがそのまま反映されるだけ、といったシンプルすぎるものでも美しい仕上がりにはならない。パッケージがスタイリッシュでかつ誰でもカスタム可能な仕様を模索して、辿り着いたのが挿入した画像全体がグラデーション化する「ぼかし」のフィルターを入れるというものでした。これによりどんな画像を入れても高い水準で綺麗なパッケージが仕上がり、なおかつ「NUANCE LAB.らしさ」も表現できるものとなりました。

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上柿

この辺りの操作と仕上がりのバランスは何度もチーム内で実験を重ねました。最終的には試しに「イカ飯」の画像を入れても、めちゃくちゃ格好よくなりましたね。

荻野

なってましたね(笑)。デザイン・UX・システムの三方が品質を落とすことなくスムーズに繋がるこういった形に落とし込めたというのは、ひとつの発明なのではないかなと思っています。また、このプラットフォームの利用者でいうと、インフルエンサーさんに加え運営元のトリクルさん、そして受注生産の製造発注先の工場が参加しているので、どういった裏側のUXであれば3者が気持ちよくスムーズにやり取りできるのかについてもかなり考えました。特にこのサービスは過去に例がないものなので、クラウドファンディングなど他ジャンルのサービスのUXを参考にしながら試行錯誤しました。

SNS時代のインフルエンサーとの親和性

プロデューサーとしてNUANCE LAB. を使うのは主にインフルエンサーの方々を想定していると思いますが、具体的にどのような親和性があるのでしょうか?

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上柿

例えば、成分やデザインの入力画面をインフルエンサーとユーザーが共有して一緒に開発できる「ライブモード」はオンラインならではの機能でもあり、インフルエンサーさんとは非常に親和性が高いですね。

荻野

「ライブモード」はNUANCE LAB.の中でも最も面白い機能のひとつですよね。要するに、インフルエンサーさんがフォロワーの方々とオンラインで繋がりながら「どんな成分入れる?」「どんなデザインにする?」みたいな感じで、ライブで化粧品を作ることができる機能です。そこに参加して一緒に作ったフォロワーの人たちにもサンプルが届く仕組みとなっており、インフルエンサーはファンコミュニティを運営しながら商品を作れて、さらにそれを販売まで繋げていける。インフルエンサー自身が楽しみながら作るには? という前提をテーマに設計していきましたが、結果として今までにない革新的な購買手法となっているのではと感じています。

ーフォロワーの人たちと共有しながら開発ができるというのはとても需要がありそうです。こういったシステムは、実際にインフルエンサーの方たちとの対話の中で生まれたのでしょうか。

上柿

そうですね。開発前にインフルエンサーの方々20名くらいにヒアリングして、先に述べたイニシャルコストの件や、どのようなプラットフォームなら使いたくなるかというアドバイスの声はいただきました。

ーローンチ第1弾のインフルエンサーには、モデル・アーティストの吉井添さんと俳優のとまんさんが選ばれましたが、お2人を選ばれたのはどういった理由からでしょうか。

上柿

吉井さんに関しては実は試作のモックの時点でモデルとして採用させていただいており、開発当初からイメージに近い方だとチーム内で話していました。というのは、吉井さん自身が元々絵を描いていたりと、モデルと同時にクリエイターとしての側面も持っている方で、デザインをお願いしたら面白いものができるのではないかという期待がありました。また、とまんさんもこのプロジェクトのターゲットであるZ世代からの圧倒的な支持があり、実際にアタックしてみたところ是非やりたいとのお返事をいただき、企画が実現しました。

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image7 ローンチ第一弾の商品となった、吉井添氏プロデュースの「FOREST SLEEP」(画像上)と、とまん氏プロデュースによる「I'MI」(画像下)。

—やはり美やコスメにコミットしているインフルエンサーの方がこのシステムには相性が良いものでしょうか?

上柿

必ずしもコスメに精通している方だけがNUANCE LAB.に適してるかというとそうではないと思っていて、むしろ今まで見たことがないようなオリジナルなコンセプトを作れる方や、自身が表現したい世界観や哲学を明確に持っている方が一番フィットするのではないでしょうか。フォロワーの支持や求心力があるかどうかもセールスする上でもちろん重要ですが、自分自身の思想に基づいたセルフブランディングにより活動できていて、継続的に社会に発信できるオルタナティブな軸を持っている方が向いていると感じます。

—自身での発信力を持ち、フォロワーの方と共に歩むことができる「共創型」のインフルエンサーの方が相性が良いということですね。

上柿

そうですね。インフルエンサーの方のこだわりとフォロワーから届く熱意が合わさった時に見たことがないプロダクトが生まれると僕らは信じてるので、やはりご自身のファンを大切にしている方と継続的にコラボレーションしていきたいと思っています。

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リアルとバーチャルを越境する、コスメの未来

—今後はどういった施策を展開していく予定でしょうか?

上柿

直近の予定としては2022年3月下旬から新たに2名のインフルエンサーの方のプロデュース商品をリリースします。また、現状で販売できる商品はSKIN BOOSTERがメインなので、今後はヘアケアなど別の商材ラインナップも拡充していこうと考えています。また、長期のスパンだと、今後は流通店舗さんとのコネクションも強くしていきたいなと。

—オンラインだけではなく、オフラインでも商材を売るということでしょうか。

上柿

そうですね。第一弾の検証を重ねてビッグインフルエンサーの方の場合において、特別なプロモーションをしなくても購入される数量が分かってきました。このインフルエンサーさんの影響力を継続的にブーストさせ続けるような販促支援を行えば、大量販売も夢ではない。となると、やはり実店舗でも売られている方がインフルエンサーさんの実績や満足度にも繋がりますし、ユーザーとの接点にもなる。ECの方でまずは小規模にスタートして、ある程度売れてきたら大量ロットに切り替えていくという流れを今後は作っていければと考えています。あと、実は、VTuberさんとコラボするというアイデアもありまして…。

荻野

VTuber、面白いですよね。バーチャルの方とコスメを開発するなんて、こんな未来じみた話はないですよね(笑)。

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上柿

バーチャルとのコラボは僕もとても面白くなりそうだと感じていて。VTuberさんもファンの方と伴走しながらコミュニティやビジネスを作っていくパターンが多いので親和性が高いと思いますし、完全オンラインのNUANCE LAB.を介することで現実世界のユーザーとバーチャルを越境できる可能性は凄く秘めてますね。

—今はまさにNUANCE LAB.自体のブランドイメージを作りあげているところかと思いますが、将来的にはどのようなブランドを目指していますか?

上柿

NUANCE LAB.のフォーマットはとても汎用性が高いので、海外にも輸出できるんじゃないかと漠然と考えています。NUANCE LAB.のチームメンバーが仕事上、韓国の工場の方々と関わることが多いのですが、現地の方に見せるとぜひ韓国でもやってほしいといった話をいただくことがとても多くて。韓国や中国はインフルエンサー文化が日本より浸透していて、コスメも少ないロット数でバリエーションが豊富なので、相性が良いマーケットなのではないかと。

荻野

確かにここ数年で、プロダクトを販売するインフルエンサーさんがアジアを中心に増えている中で、企画から販売まで一貫してできるシステムを構築できたというのはかなり需要があるのではと思います。しかもそれが、ビッグインフルエンサーだけでなく、小・中規模のインフルエンサーさんでも自身のファンに届けていくことでビジネスにできるという点が画期的だなと感じます。

上柿

NUANCE LAB.はインフルエンサーのD2Cのブランド支援サービスなので、インフルエンサーさんそれぞれのカラーをしっかり出しつつ、裏で支えながらスピーディで柔軟なアウトプットをしていきたいですね。

荻野

僕は黒子的な役割に徹するというよりは、どちらかというとNUANCE LAB.というその名の通り、インフルエンサーさんが持つ世界観の微妙なニュアンスを伝えるメディアになってほしいと思っています。なので、インフルエンサーさんが常に前面に出るというよりは、NUANCE LAB.がインフルエンサーと共創する、「インフルエンサー×NUANCE LAB.」という形が理想なのかなと思いました。

上柿

そうですね、インフルエンサーさんが自身のブランドをつくっていく上で「NUANCE LAB.と一緒にやりたい」と思ってもらえるように、質の高いディティールをこれまで以上に作り込んでいきたいです。ファンとして商品を求めてくれるユーザーと、クリエイターとしてのインフルエンサーと、我々の3者で、NUANCE LAB.らしい世界観を模索していければと思っています。

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「NUANCE.LAB」のHPはこちら

Interview・text:柴田 悠

上柿 琢

上柿 琢

tricle.llc (トリクル合同会社) CEO

1981年東京生まれ。メディア企業のクリエイティブ職、インターネット関連企業にて新規事業開発プランナーとして勤務後、tricleを共同創業。メディア広告、企業ブランディングや新規プロジェクトの業務支援を数多く手がける。2021年7月にコスメD2C支援プラットフォームNUANCE LAB.をリリース。

荻野 靖洋

荻野 靖洋

Konel Inc. Technical Director

1985年静岡県生まれ。幼少期から高校生までをアムステルダムで過ごす。フリーランスエンジニアとして活動する傍らで、Konelを共同創業し、WEB/インスタレーション/AI/ロボットなど幅広い技術分野の開発・ディレクションを手がける。宇宙・食・脳波など、まだまだ未開拓なテクノロジーに関心がある。 誰にも仕組みがわからない物を作りたいと考えている。

tricle.llc (トリクル合同会社)

適切に課題を見極めるコミュニケーションエンジニアリングをベースに、幅広いソリューションを提案するクリエイティブエージェンシー。「課題解決」に真摯に向き合い、新しいスタンダードを作ることをテーマに掲げている。

適切に課題を見極めるコミュニケーションエンジニアリングをベースに、幅広いソリューションを提案するクリエイティブエージェンシー。「課題解決」に真摯に向き合い、新しいスタンダードを作ることをテーマに掲げている。

Konelは「妄想と具現」をテーマに、30職種を超えるクリエイター/アーティストが集まるコレクティブ。 スキルの越境をカルチャーとし、アート制作・研究開発・ブランドデザインを横断させるプロジェクトを推進。日本橋・下北沢・金沢の拠点を中心に、多様な人種が混ざり合いながら、未来体験の実装を続ける。 主な作品に、脳波買取センター《BWTC》(2022)、パナソニックの共同研究開発組織「Aug Lab」にて共作した《ゆらぎかべ - TOU》(KYOTO STEAM 2020 国際アートコンペティション スタートアップ展)や、フードテック・プロジェクト OPEN MEALS(オープンミールズ)と共作した《サイバー和菓子》(Media Ambition Tokyo 2020)など。

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